市民の党に渡った金の行方
2011年07月17日 松谷祐子(三重)
産経新聞に度々掲載されているが、菅直人総理の資金管理団体「草志会」から計6250万円の献金が「市民の党」に渡っていたらしい。
この「市民の党」には、拉致事件で結婚目的誘拐容疑により国際手配されている森順子容疑者と、よど号ハイジャック犯の故田宮高麿元リーダーの間に生まれた長男(この男は今年4月の三鷹市議選に出馬したが落選)が所属している。
この6250万円の行方を調べてみる必要があると思う。
ここで私が疑念を抱いているのが、今も逃亡中の日本赤軍のメンバーやよど号犯の動向である。
よど号グループが、かつて逃亡生活を送っていた重信房子(日本赤軍最高指導者)と密接なつながりを持っていたことは、すでに知られるところである。
2000年に大阪府高槻市で逮捕された重信は翌年、獄中より「日本赤軍の解散」を発表したが、逮捕時に押収された資料によると、1991年から日本での「武力革命」を目的とした「人民革命党」及びその公然活動部門を担当する覆面組織「希望の21世紀」を設立していたこと、またそれを足がかりとして日本社会党との連携を計画していたことが判明している。
また、1997年12月から2000年9月までの間に、偽造パスポートで中華人民共和国などに計16回にも渡り、出入国を繰り返していたことが確認されている。
坂東國男や奥平純三を始めとする、日本赤軍のメンバーだった「革命戦士」とやらは、今も国際指名手配を受け逃亡中である。
またよど号犯たちは、その家族の多くが帰国して、現在も北鮮に残っているのは、若林とその妻である黒田佐喜子・赤木・魚本・小西と、故田宮の妻、森順子である。
そこで疑うのは、菅サイドからの多額の献金の一部が、市民の党やその関係団体を通じて、それらの者達に流れていたのではないかと言う事だ。
逃亡資金や活動費、帰国への働きかけのために使われていたのではないだろうか?
実際に重信は、国内に戻り一般市民を装って生活し、偽造したパスパートで自由に出入国を繰り返していたのだから、他の誰かがそれと同じ生活を送っている可能性はある。
これは実に重大なことである。徹底調査の上、事実を明らかにして貰わねばならないと思うのは、私だけではないだろう。
菅の本質
2011年07月12日 松谷祐子(三重)
なぜ、ここまで叩かれながら、菅直人は総理を辞任しないのか?
それは彼の本質が政治家ではなく、「運動家」であることに大きな原因があると思う。
政治家というものは、その立脚点が有権者からの支持である。多くの支持を得てこそ当選し、議席に座ることができるのだ。運悪く支持を失い、落選と言う憂き目にあったとしても、地道な活動を重ねて返り咲く事もできる。その際には当選回数のみが通算され、落選歴は目立たない。また、落選中であっても次の選挙を目指している場合は、「準公人」と言えよう。
よく「政治家は選挙で落ちたら只の人」などと言われるが、案外そうでもない。テレビ局から報道番組のコメンテーターを依頼されたり、ユーモアのある者なら「政界の裏話」を期待されるのか、お笑い番組からも引っ張りダコである。各種講演の講師を依頼されることもあるし、支援会社の顧問を引き受けたり、大学教授や講師という道もあろう。
要するに、政治家は何らかの権力を持つことができるので、例え落選により権力を失ったとしても、かつての権力者として、利用価値があると言う訳だ。ましてや再選を目指す者は、一時的に権力を手放しただけであって、近々の選挙で返り咲けば、直ちに再入手することが可能である。政治家は権力を持つ事に手慣れているので、その乱用の度合いも、支持離れが起こらない程度で止めるという「知恵」がある。
それに比べて市民運動家とは、自身の志や思い入れだけを引っ提げていればよいので、第三者の支持に振り回されることはない。どちらかと言えば、一般大衆が考え付かないことを訴えて運動する方が、良くも悪くも注目を集めることが出来るし、運動の成果を早急に求めない故、独り善がりでも全く問題ない。
兎角運動家とは、運動のための運動をしている場合が多々あり、実現が難しい大目標を掲げれば掲げるほど長く運動を続けることができ、その間は自分が運動のリーダーとして君臨し続けることが出来る。
要するに、ずっと「お山の大将」でいるために、次々と実現困難なテーマを掲げて、独善的な運動を行っているのである。だから、協力者がいなくても運動を続けるぐらいの「根性」は持っている。
そんな類の人間がある日、これまで無縁だった「権力」を手に入れたらどうだろう。絶対に手放すまいと必死になるに違いない。
しかも菅の場合は、以前に厚生大臣として権力を齧った覚えがあり、更に現在は総理大臣で、当に全権を手にする最高権者である。
菅の本質が政治家なら、これだけバッシングされている事実を踏まえ、ここは潔く総理の座を辞して後任者に後事を託し、「捲土重来」を目指すものである。その方が政治家としての延命が図れるからだ。
しかし彼は根っからの運動家であるが故、誰憚らず権力を乱用し、一旦馬力で何もかもやってしまおうと画策し、その実現のため権力に執着する。しかもその政策は、自身の胸中で散々温めてきた「反日思想」が基本となっているのだから、日本国民にとっては堪ったものではない。
先の代表選で菅を推した民主党議員の面々は、反小沢のみで菅を担いだ連中も含め、政治家と運動家の区別がつかない程、「政治音痴」である。三権分立すら理解出来ていない菅を総理に推すのだから・・・。
やはり民主党は、政党としての体を成していないと言えるし、所属議員の面々もまた、生粋の政治家とは言えず、労組の用務員と化した運動家崩れ若しくは、プロ市民運動家の類ばかりであろう。
民主党の政権運営に思う
2011年07月07日 松谷祐子(三重)
ここ数日、大問題になっていた松本龍の言動の数々。
これは本人に問題があるだけではない。民主党所属議員の大部分が抱える問題であろう。
そもそも、民主党と言う政党は二大政党による「政権交代」を実現させるため、自民党に替わることができ得る、第二の保守政党を目指していたはずである。
ところが、当時流行っていた新党ブームで、多くのアカ議員が彼方此方の小政党に拡散されていた中、それらをも抱き込む形で民主党は結党した。尚且つ小沢率いる「自由党」まで吸収していまい、これでこの政党の党是とも言える「二大政党制による政権交代」は、アカ黒い手垢に塗れてしまったと言える。
民主党の中で、保守を標榜する議員が多数存在するが、そもそも彼等が保守であるはずがない。
労組が掻き集めた票と拠出された金で、選挙をはじめとする政治活動を展開し、外国人参政権や夫婦別姓推進の旗をあげている民主党に所属し続けているということは、真正の保守ならばかなりストレスの溜まるところである。
にも拘らず、「こんな政党に居続けることは祖国日本に対する裏切りだ。」とも思わずにいる。禁断の実とも言える「労組の票と金」に自身の良心を縛られ、挙句の果て、そこに我が身を投じて恥じない「開き直り」を始めたのは、当に政権交代の選挙戦からであった。
与党になれば所属議員の端々にまで、大なり小なりの「権力」が行き渡る。
かつて自民党はこれに魅了され、そして権力の虜と成り果て、保守を掲げながら保守の正道を踏み外し続け、終に拭い去れない悪印象を国民に与えてしまったのだ。
権力病初心者の民主党はと言えば、自民党とは比べようもない速度で、更に重篤な症状に陥っている。
なぜ民主党は、かくもだらしないのか?
それはこの国の政を、国民から選ばれた結果、天皇陛下によってお認めいただき、預っていると言う自覚がないからである。
勿論のこと、国会議員は国民による直接選挙で選ばれる。しかし、衆参の両院選挙の施行は天皇陛下の公示で以って行われ、また、国務大臣の認証をはじめとする政治的決定には、すべて陛下の認証が必要である。これは現行憲法7条に定められ、1条に明記されずとも、名実共に天皇陛下が我が国の「国家元首」で在ることは、歴然としている。
国民有権者は、天皇陛下より「自らの代表者を選びなさい。」との御指示で国会議員を選出し、その中から更に選ばれた者が、陛下によって国務大臣として認証され、政に従事するのである。
我が国の政体は「議会制民主主義」などと呼ばれているが、私から見れば「議会制君民主義」というのが正しいと思っている。
陛下より公示を賜って選挙が行われ、国民の投票によって国会議員が選出されるからである。私が必ず選挙に行くのは、陛下の思し召しであるからだ。
この点を民主党は「勘違い」して、当選すれば国民の信を得た者として、何をやっても許されると思い込んでいる。
この国の元首である天皇陛下の御存在を、全く失念しているから、舵取りを誤るというより、羅針盤無き航海をしているのである。最早、無茶苦茶な政権運営であることは明らかだ。民主党が政権を手にしてから約二年になるが、我が国が衰退しつつも現存できているのは、先人達が血と汗と涙で築いてくれた「経済基盤」が、まだ完全消失していないからである。
しかしそれも、今や風前の灯火となり、そろそろタイムリミットが近付いている。
何らかの手を打たねばならない状況であるが、民主党が政権を担っていては、手の打ち様がない。彼等には、連綿と続く国柄が理解できていないからだ。国家に関するすべての事柄に無理解な者が、政治の最高権力者であることが、国民に最大不幸を招いている。
尊王の志篤い政治家は、「議会制君民主義」という国家体制が理解できているので、無闇に権力を私物化しないが、そうでない者はそれを徒に振りかざし、やがて国民に途端の苦しみを与えるものである。丁度、民主党政権のように・・・。
日本郵便は暴力団か?
日本郵便は暴力団か? 2011年03月19日
昨日、東日本大震災の義捐金を送金するため、郵便局に行った時のことである。
義捐金の窓口は数え切れないほどあるが、マイミクの伊吹山からご案内をいただいたので、「日本会議愛知」の口座に振り込むことにした。
振込み用紙に必要事項を書き込み、お金を添えて窓口に持参したら、顔見知りの局員が「○○さん、ちょっと待ってくださいね。」と言って、局長に振込み用紙を見せに行った。
局長は顔色を変えて「○○さん、義捐金なら日赤にしたほうがいいですよ。ここは暴力団とかが関っているような怪しい団体のような気がします。ほら、日本何とかって言う名称には、そんな団体が多いから。」と言う。
窓口係の若い局員達も「日赤のほうが確実に現地に届きますよ。」と、新しい振込み用紙を手渡そうとする。
そこで私は「この『日本会議』と言うのは、私が所属している団体です。なぜ、日本何とかと言う名称は、暴力団が関っているなんて言うのですか?もしそれが本当なら、貴方がたも暴力団なのですか?ここも『日本郵便』っていう名称なのでしょう。また、振込先にと推薦される日赤とは『日本赤十字社』を略した名称ですよ。」と反論した。
局長はじめ、局員一同が真っ赤な顔になり、沈黙が暫し続いた。
やがて局長が「申し訳ございませんでした。でも、いつもご利用いただいている○○さんの善意の志が、被災地に届かないことになってはいけないと心配してのことなので、どうかお許し下さい。」と丁寧に謝罪した。
私は「それはわかっておりますよ。だから怒っているわけではないのです。ただ、戦後教育の弊害でしょうか、『日本』という言葉や文字に悪印象を持たれているようで、そのことが日本人として情けないのです。私達のかけがえのない大切な祖国ではありませんか。愛国心の押し付けはしませんがね、自分達の職場の名称も自覚できないようでは、間抜けにも程がある。」と言い、その後「日本会議とは何ぞや」を10分程度、説明した。
我々の間では、誰もが知っている「日本会議」であるが、一般人には殆ど周知されていないようである。それに比べて「九条の会」は、かなりの人に周知されている。新聞報道で多く取り上げられ、街頭活動も頻繁に行っているからだろう。
日本会議は現在、「尖閣を守れ!」署名活動を全国的に展開している。今月24日に開催されるはずだった「国民大集会」は、大震災ため延期になったが、今後も街頭署名活動等を継続させることで、一般層への周知をはかっていく必要があると思う。
未曾有の大震災で甚大な被害が明らかになりつつある。 2011年03月15日
政界は与野党挙げて、被災者の救護、被災地の整備復興に力を尽くすべきである。
しかしながら、民主党政権に対する「お目溢し」となってはいけない。
批判を覚悟で、あえて書こう。
津波が直撃した岩手、宮城、福島の海岸地帯は壊滅状態である。復興への道は、長く険しいが、これは経済回復へのチャンスを秘めている。
これまで、公共事業の見直しや廃止が相次ぎ、不景気が打ち続いてきた。
確かに無駄な事業はいらないが、被災地復興のための事業は大いにやるべきである。ここで政府が間違いの無い政策を立てることが、日本経済の再建につながるのである。
しかし、簡単な算盤勘定すら出来ない民主党に、それが務まるのだろうか?
被災地や被災者に気遣って、民主党批判を控えようという動きが出ているが、この重大な局面を民主党に任せていても大丈夫なのだろうか?
経済音痴の菅総理が確かな施策で以って、被災地復興への事業を経済再建へとつなげることができるのだろうか?
ただ、右往左往しているだけではないのか?
そんなことを考え出すと、益々心配になってくる。
確かに選挙どころではないが、このまま民主党政権が続けば、忽ち経済は疲弊の一途を辿り、近隣諸国からは手薄となった国防につけ込まれ、日本崩壊が本格化するのではないかと考え込むばかりである。
被災地の一日も早い復興のため、民主党から政権を取り上げねばならないと考えるのは、私だけではないはずだ。
今回の災難を菅の延命装置にするな
打倒民主! 桜組 事務局長 増木直美
今回の災難を菅の延命装置にするな
なぜあの時インド洋の給油を止めたのか。無能民主が。
本当の国際貢献の意味がわかってない。
菅は今すぐ米国大使館に出向き伏して謝って来い。
「我々の心は日本の友人とともにある。この悲劇からの復旧を支えていく」
オバマ大統領の言葉を何と受け取る。
これは反米とか親米とか言う問題ではない。
さらに言うなら「自衛隊を最大限活用・・・」
社会党出身の菅がどの面下げていえるのか。
それはそうと菅が在日から100万ちょい献金を受け取った件。
このことと地震は全く別次元。菅にとって今回の災難が「恵みの地震」
になりかねない。我々は冷静にしっかり推移を見守り、
追求すべきときには徹底的に追求しなければならない。
災難復旧が失政の免罪符ではない。
休戦?
都合のいいときだけ休戦するな。
選挙運動と政治献金
前原外相の違法献金問題で、私は以下のようなことを考えた。
私もよく、政治家に寄付、献金をしている。
直接、選挙運動を手伝えない愛国保守派の国会議員には、なるべく献金するようにしてきた。
地元選出の国会議員などの場合には、選挙運動を手伝うことが多いから、献金はしない。なぜならこの手伝いには、目に見えない経費が結構掛かるからである。
選挙運動とは、他人の票を当てにすることである。
選挙の際、投票依頼をすることが多い私は、常日頃から、他人に嫌われないように暮らす必要がある。意中の政党や候補者に投票して貰うため、日頃から「不義理」は禁物なので、あらゆる事に少なからずお金がかかる。
そしていざ選挙となれば、仕事は休む、車を出すことも多くガソリン代が嵩む、当然外食も増える。
これらを考慮すれば、現金でポンと寄付するほうがどれだけ安上がりなことか。
ということは、外国人からの献金を禁止しているとは言うものの、政治家への支持支援を認めている限り、そちらの方が更に「お世話」になり、相手に「経費」を負担させていることになるだろう。
献金は政治資金規制法のもと、きちんと領収書を発行し、政治資金団体の帳簿にも明記されるが、支援活動に掛かる経費は明るみに出ない。
これは結構「怖い事」だと思うのは、私だけではなかろう。
前原外相を長年に渡って支援してきたという、件の在日外国人女性は、献金総額20万円を遥かに上回る経費をかけて、その政治活動を支えてきた可能性がある。
こういうことが政界全般で行われていたら、主権者たる国民が蔑ろにされるのは必然かも知れない。
国民有権者であっても、公務員は選挙運動を禁止されている。
在日外国人の選挙運動も禁止、若しくは厳しい規制や罰則を設けるべきである。
本日は「竹島の日」である
本日は「竹島の日」である。
昨年は一泊で松江に行き、前日は「県土竹島を守る会」の方々と共に街宣、二十二日は式典に参加した。
街宣でマイクを持たせていただいた私は、「県土竹島を守る会の皆さんはじめ、島根県民の皆さんの竹島奪還へのお取り組みに対し、心から敬意を表します。私も微力ながら、地元三重県に置いても竹島の状況を訴えて行くことをお約束します。」と訴えた。
今年は諸般の事情で松江には行けなかったが、その約束を守るため、津駅頭で、新藤義孝衆議院議員から郵送していただいた、竹島の危機を訴えるチラシ、「週刊新藤」をゲリラ活動で配布した。「ゲリラ活動」とは、私の造語である。
一箇所15分くらいで小刻みに移動しながら、地声で呼びかけ、一人でチラシを配布する。
道路交通の妨げにならないよう一箇所に留まらず、しかも一人で行えば、何も問題はない。県警公安にも合法的活動とお墨付きを貰ったので、時々行っている。但し、二名以上で行う時には、必ず許可をとっている。
島根から遠く離れた三重県津市では、今日が「竹島の日」であることを知らない人が多かったが、尖閣沖での事件とセットで関心を示してくれる人がかなり存在した。
小刻みに移動しながら一時間半で、約150部程度のチラシを配布することができた。
私が行っていることは、確かに微々たることである。
しかし、何もしないよりはマシと思っている。来年は、道路使用許可を出せねばならないほど、多くの同志の皆さんに集まっていただきたいと願う次第である。
いや、必ずそうなるように、今年も三重県に於ける街頭活動を推進、継続させ、同じ思いを持つ方々を掘り起こして行きたいと考えている。